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真夏の低山では、水分補給さえしていれば熱中症は防げると考えていませんか。実際には、出発時刻、コース選び、暑熱順化、体調、そして早めの撤退判断まで含めた「登る前からの準備」が欠かせません。
前回までは、登山中に体内で熱が作られ下山後も抜けにくいこと、服装と歩き方で熱をため込みにくくする工夫を紹介しました。今回はシリーズの締めくくりとして、計画段階での予防と、暑い日の判断について整理します。
暑熱順化ができていない時期は要注意
梅雨明け直後や、急に気温が上がった初夏は、体がまだ暑さに慣れていない人が多く、熱中症が増えやすい時期です。1
暑さに体を慣らす「暑熱順化」が進むと、同じ運動でも体温や心拍数の上昇が抑えられ、汗をかき始めるタイミングも早まりやすくなります。2この適応は数日で始まり、順化がある程度進むまでには1〜2週間ほどかかるとされます。3
今年初めての夏山、久しぶりの登山という場合は、いつもより気温が低めのコースを選ぶ、距離を短くするなど、負荷を控えめにしておくと安心です。

暑さへの慣れは数日で始まり、段階的に進む
梅雨明け十日
梅雨明け直後の好天を狙って長時間のコースを歩く場合など、梅雨前の段階から暑熱順化を意識した山行やトレーニングで準備を重ねておくのが良いでしょう。
出発時刻とコース選び
夏山では、暑さに耐えて行動するより、 暑い時間帯そのものを避ける計画 にする方が確実です。日陰の少ない登りや標高の低い区間は、気温と日射が上がる前の早朝に通過できるように組み立てましょう。4
この際、気温だけでなく WBGT(暑さ指数) を使うと熱中症対策に効果的です。
たとえば真夏の低山なら、涼しい早朝を登りに使い、遅くとも13時ごろまでに主要な行動を終えられるコースにしておくと余裕を持ちやすくなります。これは熱中症対策だけでなく、夏山で午後に起こりやすい急な雷雨を避ける意味でも合理的です。山岳安全情報でも夏山は「早出早着」が勧められています。5
「山頂に何時に着くか」だけではなく、暑くなる時間帯にどこを歩いているか、午後に稜線や逃げ場の少ない場所へ残らないかまで逆算してコースを選ぶのがポイントです。

WBGT25前後を目安に余裕のある計画を
WBGT(暑さ指数)について(クリックで開きます)

WBGT(運動に関する指針)
環境省 熱中症予防情報サイト「暑さ指数(WBGT)について」より
WBGT(暑さ指数)は、熱中症を予防するための指標です。気温と同じように数値で示されますが、気温そのものではありません。環境省の「熱中症予防情報サイト」では、人体と外気との熱のやりとりに影響する湿度、日射・輻射など周辺の熱環境、気温を取り入れた指標として説明されています。
運動に関する指針では、WBGTが**25以上28未満は「警戒(積極的に休憩)」**とされ、熱中症の危険が増すため、積極的に休憩をとり、水分・塩分を補給するよう勧められています。28以上31未満では「厳重警戒(激しい運動は中止)」、31以上では「運動は原則中止」です。67
登山では、急登、重い荷物、長時間の歩行などで運動強度が高くなりやすいため、WBGT 25前後を「安全な上限」ではなく、行動時間や負荷を見直す警戒の目安として使うのが安全よりです。WBGTが25前後まで上がる予報の日は、長い登りや強い日射が想定される区間を涼しい早朝へ寄せ、暑くなる前に通過する計画を優先してください。
ただし、山中では標高、地形、風、日射、湿度、衣服、歩行強度などによって実際の熱負担が変わります。予報地点のWBGTだけでなく、現地の状況と自分の体調も合わせて判断してください。89
参考URL:
- 環境省 熱中症予防情報サイト https://www.wbgt.env.go.jp/
- 環境省「暑さ指数(WBGT)について」 https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php
水分・塩分・休憩
発汗による水分の損失を放置しないことは重要ですが、必要な量は発汗量や気温、個人差によって変わります。10
計画段階では、行動時間、標高差、コース定数などからその日の運動負荷を大まかに見積もり、過去の山行で自分がどの程度飲んだかも参考にして携行量を決めておくと現実的です。途中で補給できる場所があるかも確認し、暑い日に「足りなくなる前提」の量で出発しないよう余裕を持たせてください。10
長時間、大量に汗をかく行程では、水分だけでなく塩分も意識してください。11ただし、必要以上に水だけを飲み続けると、かえって体調を崩すことがあるため注意が必要です。12喉の渇きを感じたときにまとめて飲むのではなく、休憩ごとに少しずつ口にする習慣が現実的です。
休憩は、ただ立ち止まるのではなく、日陰や風のある場所を選び、衣服を緩めることで放熱を助けられます。13
中高年登山者が意識したいこと
経験が豊富でも、暑さへの身体反応は若い頃と同じとは限りません。14加齢に伴い、暑熱時の発汗量や、熱を皮膚へ運ぶ血流の反応が平均的に弱まることがあります。1516
ただし、こうした反応の弱まり方には個人差が大きく、体力や暑熱順化、持病、当日の体調にも左右されます。17悪い日があれば良い日もあるので加齢=危険といった決めつけはせずに、気持ちに余裕を持って山行を楽しんでください。
また、喉の渇きを感じにくくなる場合もあるため、渇きを感じる前から水分補給の機会をつくることも意識してみてください。18持病があり服薬中の方や、心肺・腎機能が気になる方は、夏の運動について事前に医師や薬剤師へ相談しておくと安心です。19

経験があっても、暑さへの身体反応は若い頃と同じとは限らない
早めに中止・撤退する判断
睡眠不足、体調不良、二日酔いといった状態は、暑さへの耐性を下げる要因になります。20こうした日は、無理に予定を完遂しようとせず、コースの短縮や中止を選ぶ方が安全です。

体調が悪い日は、予定の完遂より短縮・中止を優先する
「もったいないから」と苦しさを我慢して歩き続けるのではなく、暑さやペースに違和感を覚えた時点で、早めに休憩や撤退を選ぶ習慣をつけておきましょう。同行者がいる場合は、お互いの表情や歩き方の変化にも目を配ってください。標準コースタイムより明らかに遅れている、休憩の回数が増えているといった変化も、撤退を考えるきっかけになります。
下山後も涼むのが大事
登山口に着いても、体温管理はまだ終わりではありません。第1回で見たように、体内の熱はすぐには抜けきりません。暑い駐車場や締め切った車内は熱がこもりやすく、下山直後の熱い入浴や飲酒は、体が十分に落ち着いてからにしましょう。
緊急性が高いサインは、自己判断に頼らない
このシリーズの意図は、あくまで「熱中症の予防」であって症状から熱中症かどうかを判定するためのものではありません。
ですが、
次のようなサインは緊急性が高く、様子を見続けず救助・医療につなぐ必要があります。21
- 呼びかけへの反応がおかしい、意識がはっきりしない
- けいれん、失神、まっすぐ歩けない
- 自力で水分を飲めない
自分や周囲にこのような人がいる場合は、可能な限り速やかに転倒や滑落の危険がない涼しい場所へ移動し、衣服を緩め、できる方法で体を冷やします。上記のような緊急性の高いサインがあれば、改善するかを長く待たず救助・救急を要請してください。 自力で安全に飲める場合は水分・塩分を補給できますが、意識や受け答えに異常がある場合や自力で飲めない場合は、無理に飲ませません。21暑い環境での不調は複数の要因が重なって起こるため、一つの症状の有無だけで軽症・重症を決めつけないことも大切です。21

緊急性の高いサイン
落ち着いた判断で救助・医療へつなぐ
シリーズのまとめ
3回にわたり、登山中に熱がたまる仕組み、服装と歩き方の工夫、そして計画と撤退判断について見てきました。
夏山では、熱中症になってから対処するのではなく、熱をため込まない服装・歩き方・計画が何より大切です。暑さの性質を知ったうえで、無理のない一日を選んでいただければと思います。
参考文献
参考文献一覧(クリックで開きます)
- 環境省. 熱中症を防ぐためには(熱中症環境保健マニュアル分割版). 2022. https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/manual/heatillness_manual_3-1.pdf
- Périard JD, Eijsvogels TMH, Daanen HAM. Exercise under heat stress: thermoregulation, hydration, performance implications, and mitigation strategies. Physiological Reviews. 2021. https://journals.physiology.org/doi/full/10.1152/physrev.00038.2020
- Daanen HAM, Racinais S, Périard JD. Heat Acclimation Decay and Re-Induction: A Systematic Review and Meta-Analysis. 2018. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29129022/
- 厚生労働省. 熱中症予防のために. 2014. https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/nettyuu_leaflet26.pdf
- U.S. Occupational Safety and Health Administration. Heat—Heat Hazard Recognition. 2026. https://www.osha.gov/heat-exposure/hazards
- CDC/NIOSH. Heat Stress and Workers. 2024. https://www.cdc.gov/niosh/heat-stress/about/
- CDC/NIOSH. Criteria for a Recommended Standard: Occupational Exposure to Heat and Hot Environments. 2016. https://www.cdc.gov/niosh/docs/2016-106/pdfs/2016-106.pdf
- Sawka MN, et al. Hydration effects on thermoregulation and performance in the heat. 2001. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11282312/
- Hew-Butler T, et al. Statement of the Third International Exercise-Associated Hyponatremia Consensus Development Conference. 2015. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26102445/
- 環境省. 熱中症環境保健マニュアル. 2022. https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/manual/heatillness_manual_full.pdf
- Kenney WL, Munce TA. Invited review: aging and human temperature regulation. 2003. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14600165/
- Millyard A, Layden JD, Pyne DB, Edwards AM, Bloxham SR. Impairments to Thermoregulation in the Elderly During Heat Exposure Events. 2020. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32596421/
- 環境省. 熱中症環境保健マニュアル ~総論~(2025年7月版). 2025. https://www.wbgt.env.go.jp/heatillness_manual_ov.php
- 日本救急医学会. 熱中症診療ガイドライン2024. 2024. https://www.jaam.jp/info/2024/files/20240725_2024.pdf
- 日本スポーツ協会. スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック 第6版. 2025. https://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/supoken/doc/heatstroke/heatstroke_6.pdf
- 長野県山岳遭難防止対策協会. 山岳通信 第403号. 2025. https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/sangyo/kanko/sotaikyo/documents/n403_20250716.pdf
急に暑くなった時期や梅雨明け直後は、暑熱順化が不十分な人が多く、熱中症が増えやすい。出典:[1][13][15] ↩︎
暑熱順化により、同じ暑熱運動に対する体温上昇や心拍数が抑えられ、発汗開始が早まりやすい。出典:[1][2][14][15] ↩︎
暑熱順化の主要な適応は数日から約2週間で進むが、完成時期は適応項目と個人で異なる。出典:[1][3][15] ↩︎
日中の強い日射と高温を避け、涼しい時間帯に運動を行うことは熱負担を抑える基本的な計画となる。出典:[4][13][15] ↩︎
夏山では午後に天候が急変して雷が発生することがあり、稜線での落雷を避けるため「早出早着」が推奨されている。13時までに主要行動を終えるという時刻は、公的な一律基準ではなく、早出早着を具体化するための本記事上の保守的な計画目安である。出典:[16] ↩︎
WBGTは気温、湿度、日射・放射、風の影響をまとめて暑熱環境を評価する指標である。日本スポーツ協会の運動指針でもWBGTを基準とし、気温だけを使う場合は湿度への注意を求めている。出典:[5][15] ↩︎
OSHAの「Simplified heat exposure recommendations」では、衣服補正を含むEffective WBGT 21〜25℃で未順化者の激しい作業を「possibly unsafe」、25℃超で「high risk of heat-related illness with strenuous work」としている。暑熱順化済みでも25℃超では激しい作業が「possibly unsafe」とされる。これは職業性暑熱ばく露の簡易指針であり登山専用基準ではないため、本記事ではWBGT 25℃を安全・危険の境界ではなく、高強度区間の時間帯変更や負荷軽減を考える警戒目安として援用した。出典:[5][7] ↩︎
実際の熱負担は気温だけでなく、湿度、日射、風、地形、運動強度で変わる。出典:[5][6] ↩︎
WBGTの基準は活動強度、衣服、順化状態などの前提を伴い、山中の局所環境へ機械的に当てはめられない。出典:[5][7] ↩︎
暑熱下の長時間運動では、発汗による水分損失を放置しないことが重要だが、必要量は発汗量や条件で異なる。出典:[1][8][13][15] ↩︎ ↩︎
大量に汗をかく長時間活動では水分だけでなく塩分補給も必要になり得るが、全員に同じ量は適用できない。出典:[1][4][13][15] ↩︎
運動中に必要量を大きく超えて低張液を飲み続けると、運動関連低ナトリウム血症を起こすことがある。出典:[9] ↩︎
日陰や風通しのよい場所で休み、衣服を緩めることは、環境からの熱負荷を減らし放熱を助ける。出典:[4][10][13][15] ↩︎
登山経験は行動判断を助けるが、加齢に伴う発汗・皮膚血流などの生理変化そのものを保証しない。出典:[11] ↩︎
加齢に伴い、暑熱時の発汗反応は平均的に低下し、特に身体の一部で発汗量が減ることがある。出典:[11][12] ↩︎
加齢に伴い、暑熱時の皮膚血管拡張と皮膚血流反応は平均的に低下する。出典:[11][12] ↩︎
年齢による暑熱反応の差は、有酸素体力、暑熱順化、持病、体格などの影響を受け、暦年齢だけでは決まらない。出典:[11][12] ↩︎
高齢者では脱水時の口渇感や飲水反応が弱い場合があり、喉の渇きだけに頼ると補給が遅れることがある。出典:[1][12] ↩︎
利尿、循環、自律神経、発汗などに影響する薬剤や、心肺・腎機能の低下は暑熱時の負担を増やす場合がある。出典:[1][6][13][14] ↩︎
発熱、下痢、二日酔い、睡眠不足、心肺・腎機能の低下、一部の薬剤は暑熱時のリスクを高め得る。出典:[1][6][13][14][15] ↩︎
意識・受け答えの異常、けいれん・失神・歩行不能、自力で水分を飲めない状態は緊急性が高く、涼しい場所への移動・衣服を緩める・冷却を行っても改善しない場合は、様子を見続けず救助・医療機関へつなぐ。単一の症状だけで軽症・重症を断定しない。出典:[4][10][13][14][15] ↩︎ ↩︎ ↩︎
