夏山でも長袖・長ズボンで歩く方は多いと思います。 前回は、登山中に作られた熱が下山後もすぐには抜けないこと、汗をかいていても十分に冷えるとは限らないことを見てきました。
今回は、熱をため込みにくくする服装と歩き方について整理します。結論は 「肌を出すかどうか」より「熱と湿気をどう逃がすか」が本質 です。
「涼しく登るなら半袖・短パンにすべき」――これはシンプルな解決策ですが、この記事ではあえて長袖・長ズボンのまま、こもった熱をこまめに逃がす工夫を中心に紹介します。
長袖・長ズボンの合理性
紫外線、虫刺され、草木や岩での擦り傷を考えれば、夏山で長袖・長ズボンを選ぶのは理にかなった判断です。中高年の方が長袖を選んでいる場合も多く、それには経験に支えられた確かな理由があります。
ただし、高山であっても暑い日はあり、衣服による放熱を軽視することはできません。問題は、生地の厚さや通気性、そして着方にあります。厚手で通気性の低い衣服を隙間なく着込んでしまうと、放熱が妨げられやすくなります。1
長袖だから熱中症になりやすい、というわけではありません。 大切なのは、長袖のメリットを活かしながら熱と湿気の逃げ道を作れるかどうかです。
夏山で熱がこもりやすい服装
体を動かすと、衣服の中で汗と熱がこもっていきます。ここで重要なのは、衣服内の空気がどれだけ入れ替わるかです。

登山では熱がこもりやすい
襟、袖口、裾、ファスナーなどの開口部から空気が出入りすることで、こもった熱と湿気が外へ運ばれます。2同じ厚さの生地でも、体にぴったり密着しているか、少しゆとりがあって歩くたびに空気が抜けるかで、蒸れ方はかなり変わります。3
歩き始めは涼しく感じても、体はすでに熱を作り始めています。 暑さを感じてから調節するのではなく、登り始めの時点で襟元や袖口を軽く緩めておくと、熱がこもり切る前に逃がしやすくなります。
「吸汗速乾」だけでは説明できない
汗は、かくことよりも蒸発することで初めて体を冷やします。4高湿度の樹林帯や無風の斜面では、汗をかいていても蒸発が追いつかず、冷却効果が乏しいことがあります。5

「速乾」が追いつかない状況がある
吸汗速乾素材は、汗を生地の表面に広げて乾きやすくする機能ですが、周囲の湿度や換気が悪ければ、蒸発そのものは進みません。6素材選びだけに頼らず、換気や行動でも調整する工夫が必要です。
ザックと背中の蒸れ
ザックを背負うと、背中は広い面積で覆われ、風が通りにくくなります。汗が乾きにくい部位になりやすいのはこのためです。7
休憩のときに、登山道の邪魔にならない場所でザックを下ろし、シャツの裾を軽くめくって背中へ風を通すと、背中まわりの換気と汗の蒸発を助けやすくなります。8
これは放熱のためだけでなく、神経筋疲労をため込みすぎない工夫としても理にかなっています。高体温は長時間運動中の中枢疲労に関わり、全身疲労や局所疲労は姿勢制御や足の置き場の精度にも影響し得ます。910暑さの強い日は、背中を解放して熱を逃がしつつ、早めに小休止を入れて歩き続ける負荷を区切ることが、安全面でも有利に働きます。11
レインウェア・防風着を着続ける問題
雨や強風時に着るレインウェアは、外からの水や風を防ぐ一方、蒸発による放熱も同時に抑えてしまいます。12 必要な場面で使うのは当然ですが、雨が弱まった後も惰性で着続けると、体感以上に熱がこもっている場合があります。13

シェル着用時は熱がこもりやすい
脇や裾のファスナーを開けてベンチレーションを使う、行動の合間に一度脱いで様子を見るなど、着ている時間を短くする工夫が有効です。重ね着も同様で、暑くなり切る前に一枚減らしておくと負担を抑えられます。14
帽子・首まわりも通気性で選ぶ
帽子やフードは日射を遮る点で有効ですが、通気性が低いと頭部に熱と湿気がこもることがあります。15 つばの角度を変える、フードを外して帽子だけにするなど、状況に応じて調整するとよいでしょう。
明るい色の衣服は日射の吸収を減らせる場合がありますが、通気性や生地の厚さを含めた総合的な対策が重要です。16 色選びは、補助的な工夫として考えておくのがよさそうです。
長袖でも涼しく歩くために

こもる前に熱を逃がして快適に
- 登り始めから、襟・袖口・裾を軽く緩める
- 汗をかき切る前に、こまめに開口部を調整する
- ザックを下ろす休憩で、登山道の邪魔にならない場所を選び、こまめに背中へ風を通す
- レインウェア・防風着は必要な時間だけ着る
- 重ね着は暑くなる前に一枚減らす
これらはどれも、生地の性能に頼らず、着方と行動で熱を逃がす工夫です。長袖・長ズボンをやめる必要はありません。
休憩とペース配分で熱をため込まない
服装をどれだけ工夫しても、動く強度が高すぎれば熱はどんどん作られます。暑い日は、苦しくなってから緩めるのではなく、登り始めからペースを落としておくことが基本になります。17
休憩も、ただ立ち止まるだけでなく、日陰や風のある場所を選んで衣服を緩めることで、放熱を助けられます。18 暑さが強い日は、苦しくなるまで歩き続けず、早めに休憩を入れることが大切です。休憩のたびにザックを下ろし、衣服を軽く開ける――このひと手間の積み重ねが、熱をため込みにくくし、神経筋疲労をためすぎない歩き方にもつながります。11
次回、登る前から熱中症を予防する
服装の工夫は、熱をため込みにくくするための一つの手段です。 服装の調整だけで、暑い時間帯の強行軍や休憩不足まで補えるわけではありません。
夏の山では出発時刻やコース、体調、休憩、水分補給を含め、登る前から熱中症を予防することが重要です。19
次回は、出発時刻やコース選び、暑熱順化、そして早めの撤退判断など、登る前と登山中の計画面から夏山の熱中症予防を整理します。服装の工夫と合わせて、計画段階から熱をため込まない準備をしていきましょう。
参考文献
参考文献一覧(クリックで開きます)
- Périard JD, Eijsvogels TMH, Daanen HAM. Exercise under heat stress: thermoregulation, hydration, performance implications, and mitigation strategies. Physiological Reviews. 2021. https://journals.physiology.org/doi/full/10.1152/physrev.00038.2020
- CDC/NIOSH. Criteria for a Recommended Standard: Occupational Exposure to Heat and Hot Environments. 2016. https://www.cdc.gov/niosh/docs/2016-106/pdfs/2016-106.pdf
- Lumley SH, Story DL, Thomas NT. Clothing ventilation – update and applications. 1991. https://doi.org/10.1016/0003-6870(91)90081-R
- U.S. Occupational Safety and Health Administration. Heat—Heat Hazard Recognition. 2026. https://www.osha.gov/heat-exposure/hazards
- 厚生労働省. 熱中症予防のために. 2014. https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/nettyuu_leaflet26.pdf
- CDC/NIOSH. Heat Stress and Workers. 2024. https://www.cdc.gov/niosh/heat-stress/about/
- 環境省. 熱中症環境保健マニュアル. 2022. https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/manual/heatillness_manual_full.pdf
- 環境省. 熱中症環境保健マニュアル ~総論~(2025年7月版). 2025. https://www.wbgt.env.go.jp/heatillness_manual_ov.php
- 日本救急医学会. 熱中症診療ガイドライン2024. 2024. https://www.jaam.jp/info/2024/files/20240725_2024.pdf
- 日本スポーツ協会. スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック 第6版. 2025. https://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/supoken/doc/heatstroke/heatstroke_6.pdf
- Nybo L, Nielsen B. Hyperthermia and central fatigue during prolonged exercise in humans. 2001. https://doi.org/10.1152/jappl.2001.91.3.1055
- Paillard T. Effects of general and local fatigue on postural control: a review. 2012. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21645543/
- Millet GY, Lepers R. Alterations of neuromuscular function after prolonged running, cycling and skiing exercises. 2004. https://doi.org/10.2165/00007256-200434020-00004
身体を覆う衣服は日射や擦過などからの防護に役立つ一方、厚く通気性が低いほど放熱を妨げ得る。出典:[2][5] ↩︎
衣服内の空気交換(襟・袖口・裾などからの換気)は、顕熱と水蒸気を外へ運び、熱負担と不快感を軽減する。出典:[3][2] ↩︎
衣服のゆとりや開口部は、身体の動きによるポンピング換気を生み、衣服内の熱と湿気の排出に影響する。出典:[3] ↩︎
汗は皮膚や衣服から蒸発して初めて大きな冷却効果を生む。出典:[1][4] ↩︎
湿度が高いほど空気が受け取れる水蒸気量が減り、汗の蒸発による冷却が制限される。出典:[4][1] ↩︎
生地が汗を吸い上げて広げても、周囲の湿度や換気条件が悪ければ蒸発冷却は十分に進まない。出典:[1][3] ↩︎
背面を覆う装備は局所の空気移動を減らし、皮膚温・衣服内湿度・汗の蒸発に影響し得る。出典:[3] ↩︎
休憩時にザックを下ろし衣服開口部を広げることは、覆われていた背面の換気と蒸発条件を改善する方向に働く。出典:[3] ↩︎
高体温は長時間運動中の中枢疲労に関わり、判断や運動継続に影響し得る。出典:[11] ↩︎
全身疲労や局所疲労は姿勢制御を低下させ、バランスや足の置き場の精度に影響し得る。出典:[12] ↩︎
長時間の持久運動では神経筋機能の低下が起こりやすく、暑さの強い日に負荷を区切りながら歩く発想は疲労管理の面でも理にかなっている。出典:[13] ↩︎ ↩︎
衣服の水蒸気抵抗が高いほど、汗の蒸発による放熱は制限される。出典:[2][6] ↩︎
防水性の高い衣服は外部からの水を遮る一方、蒸発可能量を低下させ、運動時の熱負担を増やし得る。出典:[2][6] ↩︎
衣服を重ねるほど一般に熱抵抗と蒸発抵抗が増え、暑熱下の放熱は不利になりやすい。出典:[2] ↩︎
頭部を覆う装備は日射を遮る一方、通気性が低い場合は局所の熱と湿気をこもらせる。出典:[5][2] ↩︎
明るい色は日射吸収を減らす場合があるが、衣服内の熱負担は生地・厚さ・通気・風・フィットにも左右される。出典:[2] ↩︎
歩行強度を上げると代謝性熱産生が増えるため、暑熱下ではペースを落とすことが熱負担を減らす基本手段になる。出典:[6][1] ↩︎
日陰や風通しのよい場所で休み、衣服を緩めることは、環境からの熱負荷を減らし放熱を助ける。出典:[5][7][8][10] ↩︎
熱中症予防は衣服だけでなく、暑い時間帯を避けること、休憩、体調管理、水分・塩分補給などを組み合わせて行う。日本救急医学会のガイドラインは主に診療・重症度評価を扱うため、ここでは安全面の補助資料として併記した。出典:[8][9][10] ↩︎
