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「上りより下りのほうが脚にくる」——登山をしていると誰もが感じることだと思います。
でも、なぜそうなるのか?
「下りは衝撃が大きいから」と漠然とわかっていても、翌日の筋肉痛が想像以上にひどかったり、下山後半に急に膝が笑いはじめたりと、体感と知識がうまく結びついていない方も多いはずです。
この記事では、導入編「登山後半に「足が終わる」のは筋力不足ではない|神経筋疲労という視点」で紹介した 伸張性収縮(遠心性収縮) について、メカニズムをもう一段深く掘り下げます。
「下りのほうがきつい」の正体
上りは心拍数が上がります。汗もかきます。でも不思議なことに、翌日の筋肉痛は下りのほうがずっとひどかったりします。
これは気のせいでもなく、体力不足でもありません。 上りと下りでは、筋肉の使われ方が根本的に違う ことが原因です。1
その鍵が「伸張性収縮(しんちょうせいしゅうしゅく、eccentric contraction)」です。2
収縮の種類:短縮性 vs 伸張性
筋肉の収縮には大きく2つのパターンがあります。2
短縮性収縮(求心性収縮) は、筋肉が縮みながら力を発揮する動きです。階段を上るとき、太ももの筋肉は縮みながら体を持ち上げます。いわゆる「筋肉に力を入れる」イメージに近い動きです。
伸張性収縮(遠心性収縮) は、筋肉が伸ばされながら力を発揮する動きです。下山中、足を踏み出すたびに体重がかかり、膝が曲がっていきます。このとき大腿四頭筋(太ももの前面)は、伸ばされながらもブレーキをかけ続けています。2

登りと下りでは筋肉の使われ方がまったく異なる
下りでは「伸ばされながら制御する」負荷が神経系に蓄積する
下りで「ブレーキを踏み続けている」感覚があるとしたら、それはまさにこの伸張性収縮が延々と続いているからです。1
なぜ伸張性収縮は神経系へのダメージが大きいか
伸張性収縮には、短縮性収縮にはない2つの特徴があります。
- 筋線維への微細損傷が大きい
筋肉が伸ばされながら力を発揮すると、筋線維に小さな断裂が生じやすくなります。3 同じ負荷でも、短縮性収縮と比べて損傷の程度が大きいことが研究で示されています。3
- 運動単位の動員効率が悪い
伸張性収縮では、神経筋の動員様式が短縮性収縮と異なり、負荷のかかり方が偏ることがあります。4
これは、より少ない筋線維で同じ仕事をしていることになり、疲弊が局所に集中します。これが下山後半に「急に力が抜ける」感覚の一因です。4
加えて、神経系から筋肉へ送る「制御信号」の精度も落ちていきます。これは導入編で解説した神経筋疲労そのものです。筋肉が残っているのに、うまく動かせなくなる——それは制御側の問題です。4
北八ヶ岳での実体験と照合する
2025年の北八ヶ岳、中山から高見石小屋への下降でひどく時間がかかりました。標準CTの3倍です。
靴が湿った岩と合わず、足裏の感覚を信じられなくなったのが一番の原因でしたが、振り返るともうひとつ大きな要因がありました。下り始めてしばらくした頃から「どうでもいい気持ちになり」「一歩ごとに神経を使う」感覚が薄れ、足の運びが雑になっていったのです。
急な段差で尻餅を2回。一度は不注意ですが、もう一度は足の置き場を決める精度が落ちていたと思います。
伸張性収縮による筋線維の微細損傷が蓄積して、神経系への制御信号が乱れ始めていた——今ならそう説明できます。34
当時は「疲れて集中が切れた」と単純に片付けていましたが、実際には「集中できない(どうやっても滑る) → 足を雑に置く → バランスが悪く力んで疲労 → 集中できない(どうやっても滑る)」の悪循環に陥っていました。

北八ヶ岳の森、筆者撮影
深い苔の森が魅力の北八ヶ岳。つまり濡れた岩も多い
翌日の筋肉痛が強い理由:DOMSとの関係

登山後の遅発性筋肉痛は伸張性収縮による筋肉のダメージが原因
下山翌日、特に太もも前面(大腿四頭筋)や臀部にじわじわ広がる筋肉痛——これは「遅発性筋肉痛(DOMS:Delayed Onset Muscle Soreness)」と呼ばれます。5
DOMSは運動直後より 12〜48時間後にピーク が来るのが特徴で、伸張性収縮が強く関与することがわかっています。5 前述の筋線維の微細損傷が、炎症反応を経て遅れて痛みとして現れるためです。3
「下山したときより翌朝のほうが痛い」「階段の下りだけ膝がズキズキする」といった体験があれば、それはDOMSの典型的なパターンです。5
DOMSは運動後の筋損傷や炎症反応に伴って生じます。個人差がありますが強く出る場合は筋肉が完全に回復していない可能性があります。連続した山行では回復期間の見積もりに注意が必要です。5
下山専用の対策3つ
1. 歩幅を意識的に小さくする
下りでは着地ごとの制動負荷が大きくなりやすい傾向にあります。6
特に急斜面では「小さく、丁寧に」を意識するだけで脚への負担がかなり変わります。
体感として「ちょっと物足りないくらい」の歩幅が下山には適切です。
2. ストックを使う
ストックを調整して使うことで、体重を腕に分散させられます。7
これにより大腿四頭筋への集中負荷を緩和できます。7
「岩場でポールが邪魔になったら?」の記事で紹介しているショックコード+カラビナのホルダーと組み合わせると、必要なときだけ素早く展開できて便利です。
3. ペースを意識的に落とす
疲れが溜まってから落とすのでは遅いことがあります。
「まだ余裕がある」と感じている段階からペースを制御することで、伸張性収縮の累積ダメージを抑えられます。8
特に後半の核心部(急下りや不整地)を残している場合、手前で立ち止まって休憩を入れるのが総合的な神経筋疲労の観点からも有効です。
まとめ
- 下りの疲れの正体は 伸張性収縮(ブレーキをかけながら伸ばされる筋の動き)
- 短縮性収縮と比べて筋線維への微細損傷が大きく、神経制御信号の精度も落ちやすい34
- 翌日の強い筋肉痛(DOMS)も伸張性収縮に起因する5
- 対策は「歩幅を小さく」「ストックを活用」「早めのペースダウン」78
下りは「ただ降りる」だけに見えて、身体の中では上りとは全く異なる仕事が続いています。その仕組みを知っておくだけで、ペース配分や休憩のタイミングに対する判断が変わってくるはずです。
シリーズ「登山と神経筋疲労」の記事
- 導入編:登山後半に「足が終わる」のは筋力不足ではない|神経筋疲労という視点
- 第一回:下りで脚が壊れていく理由|伸張性収縮と神経負荷の話
- 第二回:脚は残ってるのに動かない|登山後半の「中枢疲労」とは何か
- 第三回:登山中の「踏み外し」は事故の予兆|固有感覚の低下と転倒リスク
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出典
出典対応表(クリックで開きます)
| 本文の主張 | 脚注番号 | Reference ID |
|---|---|---|
| 上りと下りでは筋肉の使われ方が根本的に違う | 1 | CORE-06, CORE-07 |
| 伸張性収縮は下りでのブレーキ動作を支える | 2 | CORE-06 |
| 伸張性収縮では筋線維の微細損傷が起こりやすい | 3 | CORE-08, CORE-09 |
| 伸張性収縮では動員効率や神経制御の問題が生じうる | 4 | CORE-01, CORE-09 |
| DOMSは12〜48時間後にピークを迎えやすい | 5 | CORE-10, CORE-08 |
| 下りで歩幅が大きいほどブレーキ負荷が増える | 6 | CORE-06 |
| ストックは下肢負荷や筋損傷を軽減しうる | 7 | CORE-20, CORE-21 |
| 早めのペースダウンは累積ダメージ抑制に役立つ | 8 | CORE-19 |
| まとめ部の筋損傷・神経制御低下の再整理 | 34 | CORE-08, CORE-09, CORE-01 |
| まとめ部のDOMSの原因整理 | 5 | CORE-10, CORE-08 |
| まとめ部の対策整理 | 78 | CORE-20, CORE-21, CORE-19 |
更新履歴
- 2026/06/13 脚注(文献リンク)、出典対応表の追加。本文の軽微な修正。
Vernillo G, Savoldelli A, Pellegrini B, Schena F. Biomechanics and physiology of uphill and downhill running. 2017. https://doi.org/10.1007/s40279-016-0605-y (Reference ID: CORE-06); Minetti AE, Moia C, Roi GS, Susta D, Ferretti G. Energy cost of walking and running at extreme uphill and downhill slopes. 2002. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.01177.2001 (Reference ID: CORE-07) ↩︎ ↩︎ ↩︎
Vernillo G, Savoldelli A, Pellegrini B, Schena F. Biomechanics and physiology of uphill and downhill running. 2017. https://doi.org/10.1007/s40279-016-0605-y (Reference ID: CORE-06) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Proske U, Morgan DL. Muscle damage from eccentric exercise: mechanism, mechanical signs, adaptation and clinical applications. 2001. https://doi.org/10.1111/j.1469-7793.2001.00333.x (Reference ID: CORE-08); Byrne C, Twist C, Eston R. Neuromuscular function after exercise-induced muscle damage: theoretical and applied implications. 2004. https://doi.org/10.2165/00007256-200434010-00005 (Reference ID: CORE-09) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Enoka RM, Duchateau J. Muscle fatigue: what, why and how it influences muscle function. 2008. https://doi.org/10.1113/jphysiol.2007.139477 (Reference ID: CORE-01); Byrne C, Twist C, Eston R. Neuromuscular function after exercise-induced muscle damage: theoretical and applied implications. 2004. https://doi.org/10.2165/00007256-200434010-00005 (Reference ID: CORE-09) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Cheung K, Hume P, Maxwell L. Delayed onset muscle soreness: treatment strategies and performance factors. 2003. https://doi.org/10.2165/00007256-200333020-00005 (Reference ID: CORE-10); Proske U, Morgan DL. Muscle damage from eccentric exercise: mechanism, mechanical signs, adaptation and clinical applications. 2001. https://doi.org/10.1111/j.1469-7793.2001.00333.x (Reference ID: CORE-08) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Vernillo G, Savoldelli A, Pellegrini B, Schena F. Biomechanics and physiology of uphill and downhill running. 2017. https://doi.org/10.1007/s40279-016-0605-y (Reference ID: CORE-06) ↩︎ ↩︎
Howatson G, Hough P, Pattison J, et al. Trekking poles reduce exercise-induced muscle injury during mountain walking. 2011. https://doi.org/10.1249/MSS.0b013e3181e4b649 (Reference ID: CORE-20); Willson J, Torry MR, Decker MJ, Kernozek T, Steadman JR. Effects of walking poles on lower extremity gait mechanics. 2001. https://doi.org/10.1097/00005768-200101000-00021 (Reference ID: CORE-21) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Abbiss CR, Laursen PB. Describing and understanding pacing strategies during athletic competition. 2008. https://doi.org/10.2165/00007256-200838030-00004 (Reference ID: CORE-19) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎



