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登山後半に「足が終わる」のは筋力不足ではない|神経筋疲労という視点

登山後半でフォームが崩れる、下りだけ急に怖くなる——その原因は筋力不足ではなく「神経筋疲労」かも。スポーツ科学の知見を登山の現場に落とし込んで解説します。

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北八ヶ岳で経験した「制御不能」な下り

2024年と2025年、2年続けて北八ヶ岳の白駒池〜ニュウ〜高見石小屋を歩きました。 どちらの山行もコースタイムの約2倍の時間がかかり、特に下山が遅かった——登りは標準の0.8倍程度だったことを考えると、下りだけ極端にペースが落ちていたことになります。

北八ヶ岳の苔の森と登山道

高見石小屋周辺の苔と原生林
美しい反面、濡れた根と岩が容赦ない
筆者撮影

2024年は雨上がりで岩が濡れており、下山中に不注意から片方のストックが根に挟まって折れました。
2025年は靴を新調したばかり、ソールの硬さに戸惑い、半泣きで下山。途中で2回尻餅をつきました。

ただ、今回振り返って気になっているのはそれだけではありません。どちらの山行でも、下りの途中から集中が切れて足の運びが雑になり、それがさらなる疲労を呼ぶ悪循環に入り込んでいました。 当時は「経験不足、体力不足」と自分を責めて終わりにしていたのですが——最近「神経制御の劣化」という言葉を知り、思い返すとむしろそちらの説明の方が腑に落ちる点が多いのです。


「疲れ=出力低下」ではなく「疲れ=制御精度の低下」

登山後半でよくある症状を並べてみます。

  • 終盤にフォームが崩れて足を引きずる
  • 段差でつまずく、浮石を踏んで体がぶれる
  • 下りだけ急に怖くなる
  • 接地が雑になり、膝や足首への衝撃が増える
  • 「脚は残っている気がするのに動かない」

これらを「筋肉が尽きたから」と説明するのは、実は不十分です。 現代のスポーツ科学では、こうした症状の多くが筋出力の低下だけでなく、神経系の制御変化としても現れることが分かっています。123

筋肉を動かすのは神経です。

「ここに足を置け」「この角度で踏み込め」という命令が脳から筋肉へ送られ、
固有感覚(足裏・関節の感覚) からのフィードバックが返ってくる。4

このループが疲労によって劣化すると、筋肉自体のエネルギーが残っていても 「思った通りに動かせない」 という状態になります。124

昔の根性主義の運動論では「水を飲め、塩を舐めろ、根性でいけ」という語られ方でした。
水分・電解質の補給は確かに重要ですが、それだけでは説明しきれない疲労の正体が、ここにあります。


登山は神経系にとって過酷

岩場の下山路を慎重に歩く登山者

不整地での下りは、筋力よりも神経制御の精度が問われる

神経筋疲労が蓄積しやすい条件がいくつかあります。登山はその多くを同時に満たしています。356

要因登山での具体例
長時間の反復運動数時間〜1日以上の継続歩行
不整地でのバランス制御北八ヶ岳のような岩・根の道
下りの遠心性収縮(伸張性収縮)筋肉を伸ばしながら制御するブレーキ動作
ザック荷重重心が高くなり神経負荷が増す
睡眠・補給不足早発や行動食の間隔が空きすぎ

特に見落とされがちな負荷が「下りの遠心性収縮」です。

用語メモ:遠心性収縮 = 伸張性収縮
eccentric contraction の日本語訳は専門書では「遠心性収縮」が使われますが、一般的には「伸張性収縮」とも呼ばれます。どちらも同じ動作を指しています。

遠心性収縮(伸張性収縮)の仕組み図解。登りの求心性収縮との比較

登りと下りでは筋肉の使われ方がまったく異なる
下りでは「伸ばされながら制御する」負荷が神経系に蓄積する

下りでは筋肉を縮めながら動くのではなく、伸ばされながら制御するという動きになります。重力に対してブレーキをかけ続けるイメージです。エネルギー効率こそ良いものの、神経筋機能の低下や筋損傷が大きく、「脚力は残っているのに制御できない」という状態を引き起こしやすいのです。6789


「接地感が雑になる」は事故の予兆

固有感覚とは、足裏や関節が「今どんな状態か」を脳に伝えるセンサーです。4 疲労が進むとこのセンサーも鈍くなり、接地の精度が落ちます。1011

私が2025年の山行で感じた「ソールを信じられない」という感覚も、靴の問題だけではなく、固有感覚が鈍り始めていたことが一因だったかもしれません。

チェックサイン:こうなったら要注意

  • 足の置き場がなんとなく雑になってきた
  • 岩や段差を「なめて」踏んでしまう
  • 下りのペースを落とす気になれない
  • 思ったより大きな音で着地している

こうした変化は、転倒・捻挫などのリスクを高める可能性があります。11
特に下山後半、疲労がピークに達した頃に怪我をしやすいのは固有感覚の鈍化による影響が見過ごせません。
長野県警の山岳遭難統計、「遭難の状況」の詳細欄を見ると長野県警統計では下山中の事故が目立つのがわかります。12 日本勤労者山岳連盟の資料では時間帯別に遭難事例をまとめた表があり、長時間行動において終盤の事故の多さについて触れられています。13 下山中は遭難につながる怪我の発生しやすい魔の時間帯と言っても良いかもしれません。


では、何ができるか

完全に防ぐことはできませんが、「遅らせる」「早めに気づく」ことは可能です。

  1. ペース配分:神経負荷を均すイメージで
    登りでは頑張りすぎず、後半の運動制御や判断力の温存に備えましょう。
    特に北八ヶ岳のような技術を要する下山路が後半に控えている場合は、登りを意図的に抑えることが有効です。14

  2. 補給のタイミングを早める
    登山のような長時間運動では糖質補給が血糖維持や疲労感の軽減、運動継続に重要です。1516
    「お腹が空いてから食べる」では遅く、1時間毎を目安に少量ずつ補給する習慣が長時間の行動下での神経系のパフォーマンス持続につながります。

  3. ストックで神経負荷を分散する
    ストックは「疲れた脚の補助」というより、下肢への力学的負荷や筋損傷を軽減する保険として有効です。早めに出す・適切な長さに調整することで下りの制御精度を保ちやすくなります。1718

関連記事:岩場でポールが邪魔になったら?ショックコード+カラビナで作る「爆速ザック固定ホルダー」

  1. 「休憩の質」を変える
    立ち止まるだけでなく、座って重心を落とし、ザックを下ろすことで神経系のリセット時間を作れます。休憩は個人差がありますが短すぎる休憩では回復を実感しにくい場合があります。 私の場合ですが、リセットには10~15分程度の休憩が効果的だと感じています。
登山道で休憩する登山者

休憩中
ちゃんと腰を下ろして休む、糖質を補給することが、
後半のコツ

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まとめ

「後半に足が終わる」のは、意志や体力の問題ではなく、神経系の制御精度が限界に近づいているサインかもしれません。123

  • 疲れ=出力低下ではなく、制御精度の低下として現れることがある
  • 登山の下りは神経負荷が特に大きい(遠心性収縮=伸張性収縮)678
  • 「接地が雑になる」「下りが怖くなる」は転倒事故の前兆10111213
  • ペース配分・早めの補給・ストック活用・質の高い休憩で劣化を遅らせられる1415161718

第一回の記事では、下りに特有の遠心性収縮の仕組みと神経負荷をさらに深掘りします。

シリーズ「登山と神経筋疲労」の記事


Youtube


出典

出典対応表(クリックで開きます)
本文の主張脚注番号Reference ID
疲労は筋出力低下だけでなく神経系の制御変化としても現れる123CORE-01, CORE-02, CORE-04
固有感覚は足裏・関節の感覚を通じて運動制御に関わる4CORE-11
疲労で感覚‐運動ループが劣化し、思った通りに動かせなくなる124CORE-01, CORE-02, CORE-11
登山は長時間運動・不整地・下り負荷など神経筋疲労が蓄積しやすい条件を満たす356CORE-04, CORE-05, CORE-06
下りでは遠心性収縮(伸張性収縮)が重要6789CORE-06, CORE-07, CORE-08, CORE-09
下りはエネルギー効率が良くても筋損傷・神経筋機能低下を起こしやすい6789CORE-06, CORE-07, CORE-08, CORE-09
疲労で固有感覚が鈍り、接地精度が落ちる1011CORE-12, CORE-13
固有感覚低下や姿勢制御悪化は転倒・捻挫リスク上昇につながる11CORE-13
長野県警統計では下山中の事故が目立つ12CORE-26
長時間行動の終盤に事故が多い傾向がある13CORE-27
ペース配分は後半の制御・判断力温存に重要14CORE-19
長時間運動では糖質補給が重要1516CORE-15, CORE-16
ストックは下肢負荷や筋損傷の軽減に有効1718CORE-20, CORE-21
後半に足が終わるのは神経系の制御精度低下として説明できる123CORE-01, CORE-02, CORE-04

更新履歴

  • 2026/06/10 脚注(文献リンク)、出典対応表の追加。下山中の遭難事故多発についての記述を追加。

  1. Enoka RM, Duchateau J. Muscle fatigue: what, why and how it influences muscle function. J Physiol. 2008. https://doi.org/10.1113/jphysiol.2007.139477 (Reference ID: CORE-01) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  2. Gandevia SC. Spinal and supraspinal factors in human muscle fatigue. Physiol Rev. 2001. https://doi.org/10.1152/physrev.2001.81.4.1725 (Reference ID: CORE-02) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  3. Millet GY, Lepers R. Alterations of neuromuscular function after prolonged running, cycling and skiing exercises. Sports Med. 2004. https://doi.org/10.2165/00007256-200434020-00004 (Reference ID: CORE-04) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  4. Proske U, Gandevia SC. The proprioceptive senses: their roles in signaling body shape, body position and movement, and muscle force. Physiol Rev. 2012. https://doi.org/10.1152/physrev.00048.2011 (Reference ID: CORE-11) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  5. Millet GY, Tomazin K, Verges S, et al. Neuromuscular consequences of an extreme mountain ultra-marathon. PLoS One. 2011. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0017059 (Reference ID: CORE-05) ↩︎ ↩︎

  6. Vernillo G, Savoldelli A, Pellegrini B, Schena F. Biomechanics and physiology of uphill and downhill running. Sports Med. 2017. https://doi.org/10.1007/s40279-016-0605-y (Reference ID: CORE-06) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  7. Minetti AE, Moia C, Roi GS, Susta D, Ferretti G. Energy cost of walking and running at extreme uphill and downhill slopes. J Appl Physiol. 2002. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.01177.2001 (Reference ID: CORE-07) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  8. Proske U, Morgan DL. Muscle damage from eccentric exercise: mechanism, mechanical signs, adaptation and clinical applications. J Physiol. 2001. https://doi.org/10.1111/j.1469-7793.2001.00333.x (Reference ID: CORE-08) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  9. Byrne C, Twist C, Eston R. Neuromuscular function after exercise-induced muscle damage: theoretical and applied implications. Sports Med. 2004. https://doi.org/10.2165/00007256-200434010-00005 (Reference ID: CORE-09) ↩︎ ↩︎ ↩︎

  10. Forestier N, Teasdale N, Nougier V. Alteration of the position sense at the ankle induced by muscular fatigue in humans. Med Sci Sports Exerc. 2002. https://doi.org/10.1097/00005768-200201000-00018 (Reference ID: CORE-12) ↩︎ ↩︎ ↩︎

  11. Paillard T. Effects of general and local fatigue on postural control: a review. Neurosci Biobehav Rev. 2012. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2011.05.009 (Reference ID: CORE-13) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎

  12. 長野県警察本部. 令和7年中 山岳遭難の発生状況(統計資料). https://www.pref.nagano.lg.jp/police/toukei/documents/r7sangakusounantoukei.pdf (Reference ID: CORE-26) ↩︎ ↩︎ ↩︎

  13. 日本勤労者山岳連盟. 遭難事故防止のための基礎データ 2023年版. https://www.jwaf.jp/activity/working/01sonan/data/2023/230421_01.pdf (Reference ID: CORE-27) ↩︎ ↩︎ ↩︎

  14. Abbiss CR, Laursen PB. Describing and understanding pacing strategies during athletic competition. Sports Med. 2008. https://doi.org/10.2165/00007256-200838030-00004 (Reference ID: CORE-19) ↩︎ ↩︎ ↩︎

  15. Thomas DT, Erdman KA, Burke LM. Nutrition and Athletic Performance. Med Sci Sports Exerc. 2016. https://doi.org/10.1249/MSS.0000000000000852 (Reference ID: CORE-15) ↩︎ ↩︎ ↩︎

  16. Stellingwerff T, Cox GR. Systematic review: carbohydrate supplementation on exercise performance or capacity of varying durations. Appl Physiol Nutr Metab. 2014. https://doi.org/10.1139/apnm-2014-0027 (Reference ID: CORE-16) ↩︎ ↩︎ ↩︎

  17. Howatson G, Hough P, Pattison J, et al. Trekking poles reduce exercise-induced muscle injury during mountain walking. Med Sci Sports Exerc. 2011. https://doi.org/10.1249/MSS.0b013e3181e4b649 (Reference ID: CORE-20) ↩︎ ↩︎ ↩︎

  18. Willson J, Torry MR, Decker MJ, Kernozek T, Steadman JR. Effects of walking poles on lower extremity gait mechanics. Med Sci Sports Exerc. 2001. https://doi.org/10.1097/00005768-200101000-00021 (Reference ID: CORE-21) ↩︎ ↩︎ ↩︎

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