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なぜ秩父と妻沼はいなり寿司が旨いのか?街道が運んだ『手軽なご馳走』の歴史を辿る

渋滞も怖くない!秩父ドライブのお供に最適な「武島家」のいなり寿司を紹介。江戸から続く妻沼のいなり文化との違いや、歴史的背景を紐解きながら、国道140号を楽しく走るヒントを綴ります。

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秩父のいなり寿司は、ドライブの癒し

GWの秩父方面は、どうしても渋滞しやすい。
とくに国道140号は、流れているようで流れない時間が長く、気持ちがせわしなくなりがちである。

そういうとき、道の駅に寄り、トイレを済ませ、助六寿司や大福のような“お供”を買うと、ずいぶん気分が違う。
道中、無理のない場所で“お供”をつまみながら進む。そうすると気持ちに余裕が生まれる。大げさでなく、安全運転にもつながる気がする。

私にとって、秩父ドライブの楽しみのひとつが、いなり寿司である。
中でも印象に残っているのが、秩父市の老舗武島家の「のりまき・いなり」、助六タイプの寿司だ。

秩父には他にも評判の店があり、いなり寿司がとても愛されている。
面白いことに、熊谷・妻沼のあたりにも、また別のいなり寿司文化があって、人々に愛されている。

同じ埼玉県北部でも、少し移動すると、同じ“いなり寿司”が別の食べ物のように見えてくる。
今回は、そんないなり寿司の魅力を、実際の体験を起点に書いてみたい。


武島家の助六寿司は、秩父で食べたい定番のひとつ

武島家は大正5年創業の老舗で、秩父市内で長く親しまれてきた寿司店である。
「のりまき・いなり」はかんぴょう巻きといなり寿司の助六タイプ(太巻きは別に五目もある)。タイミングが合えば道の駅「あしがくぼ」などで見かけるが、売り切れていることも多い。秩父市内のベルクなどスーパーでも売っているので、そちらを探してみるのもよいだろう。本店は秩父神社の近くにある、門前町の込み入った路地にあってアクセスが大変だが、ほかに面白い店も多いので、秩父神社のお参りとセットで巡るのがお勧めだ。

武島家「のりまき・いなり」、筆者撮影

武島家「のりまき・いなり」、筆者撮影

道の駅「あしがくぼ」で買って私が食べたものは、価格が700円ほど。米が高騰した年だったので、この値段は有難い。

かんぴょう巻きは海苔がしっかりしており、干瓢が柔らかくて美味しい。
シンプルイズベストである。

いなり寿司は濃い茶色の油揚げに、甘じょっぱいタレが浸みている。やや厚みがあるので、噛むとじゅわっとくる。
どちらも食べ応えがあり、交互に食べていると飽きがこない。

秩父でいなり寿司が愛されているというのがよくわかる。手ごろな価格でクオリティが高い。
持ち運びやすく、食べやすく、満足感がある。日常のちょっとしたご馳走というだけでなく、秩父という土地柄、観光や行楽のお供としても、理にかなっているのである。


妻沼のいなり寿司は、秩父とは違う顔をしている

ところで、助六、いなり寿司がご当地名物になっている地域は秩父だけではない。
埼玉県熊谷市北部の妻沼にも、門前町の名物として知られるいなり寿司がある。

歓喜院聖天堂、筆者撮影

歓喜院聖天堂、筆者撮影

妻沼といえば、妻沼聖天山の門前町である。
聖天山歓喜院は江戸時代から参詣を集めた古刹で、現在は国宝の歓喜院聖天堂でも知られる。参拝客を迎える門前町文化のなかで、持ち帰りやすく、食べ歩きや手土産にも向くいなり寿司が愛されてきた。

妻沼のいなり寿司の特徴となるのが、

  • 横長であること
  • 揚げの色が淡いこと
  • 干瓢で巻かれている
    である。

この姿は、江戸で流行したいなり寿司の原型であるという。
残念ながら、私が妻沼を訪れたときは売り切れで、実食できなかった。
秩父の俵型で厚みのある、濃い色のいなり寿司と比べると、画像だけでも違いは印象的である。

特徴秩父(武島家など)妻沼いなり
形状俵型・厚みがある横長・細長い・干瓢
揚げの色濃い茶色淡い色
味の傾向甘じょっぱく濃厚江戸時代の味(想像)
妻沼いなり、熊谷観光局サイトより引用

妻沼いなり、熊谷観光局サイトより引用


北関東にいなり寿司の名店が多いのはなぜ?

ここで少し、背景を整理しておきたい。

「北関東にはいなり寿司の名店が多い」

断定するには慎重であるべきだが、この地域ではいなり寿司が長く愛される条件がそろっているとは言えそうである。

考えられる要素は、いくつかある。

1. 稲荷信仰と門前町文化

いなり寿司は、その名の通り稲荷信仰との結びつきが深い。
江戸時代にはお稲荷様ブームがあって、一緒にいなり寿司も流行した。
妻沼の近くには利根川があって水運で江戸との結びつきが深く、文化が伝播することも多かった。

2. 内陸・山間部の食事情

保存事情や流通の関係上、内陸部では、油揚げや干瓢などを具材にした、いなり寿司や巻き寿司が花形になる。

3. 行楽・参拝との相性

ちらし寿司(これもご馳走である)と比べて、太巻きと稲荷のセットである助六寿司は、食べやすく、分けやすく、持ち運びが容易。
参拝、行楽、巡礼、山歩き、ちょっとした行商や移動の途中にも向いている。
秩父にも妻沼にも、この需要が生まれやすい土壌がある。

4. 家庭料理として定着しやすい

いなり寿司は店の名物であると同時に、家庭料理としても広がりやすい。
地域の祝い事や集まりの中で繰り返し作られるうちに、甘さや形、大きさに土地ごとの個性が出てくる。
名店があることと、家庭に根づいていることは、実は両立しやすい。それだけ人々に愛されているのだから。

付け加えて、秩父~上州地方は江戸後期には養蚕が盛んで、全国に先駆けて貨幣経済が発達した。人々の懐事情に余裕があったことも重要であろう。


秩父と妻沼の違いは、道と用途の違いとして見ると面白い

秩父は古くから秩父往還によって外と結ばれてきた土地であり、のちに鉄道の整備によって人の流れや産業も大きく変わった。
熊谷もまた、江戸とのつながりのなかで文化を受け取ってきた地域である。

もちろん、交通がいなり寿司の形を決めた、とまでは言えない。
店ごとの系譜や作り手の工夫のほうが、はるかに大きいだろう。
とはいえ、人の移動が多い土地であれば、持ち歩ける食べ物の需要が育ち、その土地に合う形へ整えられていくという見方には、それなりの説得力がありそうだ。

そう考えると、秩父のいなり寿司がやや濃く、食べやすい姿をしているのも、無関係ではない気がしてくる。


秩父鉄道の延伸と、手軽なご馳走の時代感

武島家の創業は大正5年(1916年)である。
この時期の秩父は、近代交通の整備に伴って産業構造の転換と地域の活性化が重なっていた時期である。
秩父鉄道も大正3年ごろには秩父市街への延伸が進んでいた。1

交通の整備によって人の流れが増えれば、短時間で食べられて、持ち帰りやすい“手軽なご馳走”の価値は高まりやすい。
そういう時代に、助六寿司のような食べ物が歓迎されたであろうことは、十分に想像できる。

もちろん、巻き寿司やいなり寿司は、それ以前から各地で人々に親しまれていた食べ物である。
しかし、秩父では、それまでのいなり寿司から、人々の好みや用法に合わせて、少しずつ育っていったのかもしれない。

このあたり史料から検証したわけでもなく、あくまで想像だ。
だが、このような想像が膨らんでいくことが、食べ物と土地の関係の面白さだと思う。


美の山で食べた助六から、秩父のいなり寿司が気になり始めた

蓑山ハイキングの助六寿司、筆者撮影

蓑山ハイキングの助六寿司、筆者撮影

私が秩父のいなり寿司に強く惹かれたきっかけは、美の山(蓑山)ハイキングのときに食べた、道の駅「みなの」の助六寿司である。

見た目は、いわゆる“ごく普通の助六”。
ところが、いなり寿司を食べると、揚げにしみたタレの香りが全然違うのである。
醤油と砂糖を煮詰めたような、少し香ばしく甘い香りで、どこかキャラメルのようにも感じられた。

何年も前のことなので記憶も曖昧ではあるのだが、少なくとも「ただ甘じょっぱい」では終わらない香りと風味があった。
それが気になって、秩父のいなり寿司を調べるうちに武島家を知り、さらに熊谷・妻沼の系統にも興味が広がっていったのである。

存外、こういう切っ掛けは大事にしたいと思う。

「山の上で食べた助六がうまかった」

そこから土地の食べ物を見直すことは、ドライブやハイキングの楽しみとしてちょうどよい“深さ”であるから。


結び:国道140号は、景色だけでなく味も運んできたのかもしれない

秩父往還、国道140号には、道の駅やローカルスーパーが多い。
気が向いたときに弁当コーナーをのぞいていると、同じ名前の食べ物でも、少しずつ表情が違うことに気づく。

秩父のいなり寿司がなぜこんなに印象に残るのか。
それは美味しいから、というだけではなく、

街道や鉄道が運んだ人の流れ。そうしたものが重なって、今の形になったように思えてくる。

渋滞中に助六をつまみながらそんなことを考えていると、秩父往還と呼ばれるこの道は、鉄道と共に景色だけでなく味も行き交ったのかもしれない、という想像が深く広がってしまう。
そんなこんなで、いなり寿司を食べながらの渋滞は過ぎるのが早い。

もしかすると次は太巻きの違いにも、別の発見ができるかもしれない。楽しみである。


店舗情報 武島家

店舗名武島家
営業時間7:00〜17:00
定休日木曜日
電話0494-22-0739
FAX0494-22-0760
所在地〒368-0041 秩父市番場町16-4

秩父で育った伝統の味
有限会社武島家
https://find-chichibu.jp/news/member/takeshimaya/


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YouTube動画

参考・脚注


  1. 秩父鉄道は明治末から大正期にかけて寄居から延伸が進んだ。厳密な年次や区間の扱いは史資料により異なるが、本文では秩父鉄道のコラムを参考とした。
    創立110周年記念企画 秩父鐡道110年の軌跡 第3回 創業期(その2)
    ~念願の秩父地方への線路敷設~
    https://www.chichibu-railway.co.jp/event/thanks110th/column/03.html ↩︎

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